おやすみなさい

この土日も一回も外の空気を吸わなかった。せいぜい風呂場の窓を閉める時と、誰かの帰りに玄関の扉を開けた時とかそのぐらいだろうな。
いつも玄関の扉を開ける時は左足はフローリングにつけたまま右足は外ばきスリッパを踏みつけて鍵を開ける。
今日は昼間みんなが出て行ってから鍵を閉め忘れてたらしく、兄が帰ってきた時にそれを知った。

夜は数学の問題集が全然解けなくて前使ってた問題集を開いてみたりうなだれたりリビング行って母にダル絡みしたりしてとにかく捗らなかったなあ。
小、中と通っていた塾が個別指導をやってるから数学だけとってどさくさに紛れて他の教科も聞いたりしようかなんて母と相談してる。

お母さんは塾でも習い事でもなんでもやらせてくれるし優しい母だなあと思う。
母の愛をかんじるぜ。
父の愛は感じないぜ。もしくは私が拒絶しててそれを無いものにしてるかというところ。

好きと愛と執着の違いを考えたりしてる。好きっていうのはなんとなくわかる。彼のここが好きとか、一緒にいるのが好きとか、とにかくなんか好きとか。ようは恋みたいなやつだよね。恋をすると衛生観念がなくなるらしい。素敵だ。執着っていうのもなんとなくわかる。好きかどうかはあんまり関係なくて、とにかくもう執着してて、好きだろうが嫌いだろうが離れられなくて、マヒしてるみたいな感じ。同じく衛生観念は無いだろうな。
んでもって愛がよくわかんないけど、例えば執着してる相手が居て、その人に対するあれやこれやの言葉とか態度とかがその相手からみて「愛だね…」って感じならそれは愛だよね。愛だ愛だと訴えても相手にとって愛じゃなかったらそれはただの執着だよね。
母を見て愛されてるなあと感じるのと同じ風に愛されてるなあと思ってもらうには果たしてどんな執着の仕方をすれば良いのか皆目検討がつきません。
皆目って使い方あってるかな?

そんな感じ